2007年03月30日

プレイバック長野

最近、夕食時に長野オリンピックのビデオを流しているチェブ子家です。
もう9年前になるんですよね〜。

高校生だった武史、ミーシンの方針かウル系のプロが似合わずダサかったヤグディン、ぷくぷくのスルツカヤ。
クワンもジャンプが高かったし、タラちゃんの華と勢いはすごかったな〜。
今は亡き?城田部長も若かった^^;
ダーリンは初めてみる若かりし頃の選手たちに大層驚いてました。
スルツカヤをみて「・・・エミリー?」
確かに近いですよね、元気いっぱいの雰囲気も体格も。
当時はスルツカヤも良かったのに!と思っていたのですが、冷静に見てみるとジャンプがダブルになったりスカスカだったり、5位は妥当だったんだな、と。

初めてみるグリプラにぽかーんとしてました。
CDのタンゴを見て、すべる距離も近いしフリーレッグの高さもピタリとあってて、すごすぎる!とのこと。
グリプラのFDもすごかったけど、GPファイナルのできのほうがよかったのであれこそ集大成だったな、と^^;
クリオブは雰囲気がさすがでしたね。
故障で引退を余儀なくされてしまったのが本当に残念、五十嵐さん曰く「ただ走っているだけ」でも、往年のベスブーほどの存在感はまだなかったので勝負にならんかったのかしらん。
アニペーがODで元気いっぱい!はじけてて可愛かったです。
こんな時もあったんだな〜(大笑)
FDをみてたら、最近のボーダフォンの予想外犬会議シリーズの曲だったので、「聞いてませんでした」と謝るビーグル犬がちらついて仕方がなかったです(笑)
それにしても強いジュリエットだなあ、ロミオの後追いなんて絶対しなさそう!
ロバアベは、ちょっと4年後が信じられないくらいの何て言うか、、、貧弱さでしたね。

録画されていなかったのですが、15位くらいに、ナフカ&モロゾフ、グルシナ&ゴンチャロフ、さらに下位にデンコワ&スタビスキー、と8年後の五輪を沸かせるとは当時全然思いもしなかった面子がぞろり。
うーん、ちょっと見直してみたいかも^^;


posted by チェブ子 at 10:45| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | フィギュア〜昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月23日

モスクビナ&ミーシンがっ!

偉大なる旧ソ連のフィギュアコーチと言えば、

何だかんだ)ズーク、タラソワ、モスクビン&モスクビナ夫妻、ミーシン

などが思い浮かびますが、前者はモスクワ・後者は旧レニングラードの方々です。
山岸涼子の「アラベスク」じゃないけどこの都市間のスタイルの差は大きく、優劣つけるものではもちろんありませんが、チェブ子的にはペアではレニングラード派です。
新人選手でサンクトペテルブルグスタイルだな、と感じると、大抵モスクビナ女史につながるお弟子さんコーチだったりします。

モスクビナ女史の活躍は改めて言うまでもありませんが、、、
ワロワ&ワシリエフ →サラエボ五輪金
ミシュクテノク&ドミトリエフ→アルベールビル五輪金
カザコワ&ドミトリエフ→長野五輪金
ベレズナヤ&シハルリーゼ→ソルトレイク五輪金
を育てた名コーチ。
ご自身も世界銀メダリスト(ペア)でございます。
そのパートナーがミーシン、コーチは夫のモスクビンでした。

ミーシンコーチと言えば、背の低いいかにもロシア人な方(苦笑)
ウルマノフ→リレハンメル五輪金
プルシェンコ→トリノ五輪金
あと、ヤグディンを長野五輪まで(同年のワールドチャンプになりましたね)を育てたことでも有名です。

そんな二人が一緒にすべる画像があったのでご紹介です。
→コチラ
競技時代のものではありませんが、余興かな?楽しいですよ^^
最初に滑ってる2人はワロワ&ワシリエフです。
完璧なユニゾン・・・今見ても脱帽ですわ。
posted by チェブ子 at 12:10| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | フィギュア〜昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

名実況&解説

下の記事に載せた刈屋さんのインタビューを読んで、刈屋さん以外のアナの名実況も思い出しました^^;

1992年アルベールビル/FD
いまや重鎮の五十嵐さん。
クリモワ達のダンスに感銘を受け「ここまで芸術的なダンスは見たことありません!解説の仕様がない」、声上ずってました。
五十嵐さんがここまで感情の高ぶりを見せたのって、最初で最後かな?
五十嵐さんとコンビを組んでいたのはNHKの西谷アナ。
演技中は二人とも無言、演技後に「髪を振り乱して踊るクリモワも大変に美しかった」の一言だけ。
薀蓄を語るアナが最近多いですが、こんな風におさえるところだけおさえて後は映像で視聴者に確かめてもらう―いいですね^^;
そんな西谷さん、ウソワ&ズーリンの時の五十嵐さん「ルール違反でNHK杯から衣装を変えてきました」に対し「着けてなかったんですか?」ってそんなんある訳ないでしょ・・・。

1994年リレハンメル/女子シングル
名前を失念してしまいましたが、カルガリーの頃から実況している落ち着いた男性アナ。
演技を中断したあのハーディングに向かって「泣き出しそう、演技が出来ない!」と、冷静なんだか感情移入してるんだか微妙なテンションで語ってました。
感動したのはヴィット様の時の五十嵐さん。
↑のアナの「やはり技術の低下が云々」の発言に「彼女がどういう気持ちでここに来ているのか、それを評価して欲しい」というようなコメントを出し、不覚にも涙がこぼれたチェブ子です。
posted by チェブ子 at 22:31| 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | フィギュア〜昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月17日

偉大なるポノマレンコ様

klimova-ponomarenko_rus_em92_lausanne_fs_a.jpg
※クリックすると元サイトへとびます。

チェブ子が敬愛してやまないアイスダンサー
マリーナ・クリモワ&セルゲイ・ポノマレンコ(旧ソ連)
五輪銅→銀→金メダリストにして、欧州チャンピオンでありワールドチャンピオン。
1986-87のOSP(今のOD)がISUのCD「ゴールデンワルツ」に採用され、
自身も2000年に世界殿堂入りしたご夫婦。
現在はサンノゼを拠点にコーチ生活、ティモフェイ(8歳)とアントン(5歳)の2人の息子に恵まれています。
彼はテクニカルスペシャリストとして数々の大会にでているので忙しそう。

ポノマレンコ様は、シングル→ペア→ダンス、と全てのカテゴリー経験者(笑)
マリーナちゃんは6歳からず〜っとダンス一筋。
お二人の出会いは同門下になる前のジュニア大会、「はじめてあった時からお互いに何かを感じた」と仰るポノマレンコ様、犯罪?
だって17と11の時ですよ。光源氏???

ああ〜、彼等について語りたいことは多すぎるのでもう少し整理してから^^;
んで、まずはそんなポノマレンコ様の昨年の記事の和訳を載せたいと思いますvv
元記事(英語)は→コチラ
ロシアの「Sport Express」に掲載された記事の英訳です。

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Wednesday, January 26, 2005

名コーチナタリア・デュボワがクリモワ&ポノマレンコに作った“ゴールデンワルツ”は1986年当時、並外れてすばらしいダンスであった。
クリモワ&ポノマレンコはヨーロッパとワールドを制する能力があったのだ。
ワルツは当初、オリジナルダンスだった。  

「僕達にとってはそんなに難しいワルツじゃなかったんだけどね」と、トリノで開催された2005年の欧州選手権にイギリス選手のコーチとして来たポノマレンコは言った。「あのダンスは僕とマリーナのために作られたものだからね。非常に正確な作りで、でも僕が思うにとても理にかなったダンスだと思う。細かいところまでよく練られていたし。大勢のコーチが各エレメンツを教えてほしいと言うので驚いているよ。たぶん、今の選手はCDを練習する時間がないんだと思う。ODとFDに求められるものが多すぎるんだ。でも、一番の原因は、ワルツの心を理解している組が少ないからだ。ワルツにはテクニックよりも心が重要なんだ。」

「このワルツは、弧を描いたり角度を変えたりたくさんのターンが盛り込まれているので難しい」と、オリンピックコーチのタチアナ・タラソワが語ってくれた。

CDに採用されたシーズン当初は、関係者から不満が殺到した。
ポノマレンコによれば、欧州&世界チャンピオンのコスタマーロフでさえ、ゴールデンワルツを2周を滑るよりフリーダンスの方が簡単だと言っている。

しかし、現在のゴールデンワルツはデュボワが作ったオリジナルのものより簡単であると知る人はほとんどいない。
クリモワ&ポノマレンコは現行バージョンより早いテンポで滑っていた。
今は1分のダンスだが、クリモワたちは58秒で踊っていた。
ISUがゴールデンワルツをCDに加えた時(アルベールビル五輪チャンピオンの二人に敬意を払ったのだが)、クリモワ達は教本ビデオ作りのためダボスに呼ばれた。
だが、その場で(オリジナルよりも)ゆっくり踊ることを余儀なくされた。
さもなければ、ほとんどの選手は滑れませんから。

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1987年の世界選手権、チェブ子的にKP>>BBだろう!と思います。
OSPの最終組の一番滑走にもかかわらず、スタンディングオベーションと6.0満点を貰ったほどですから!
FDは最終滑走、BBの存在感には劣ったけど、でもでも素敵なダンスでした!
もう、こんな風に神のようなステップワークで上品で!というカップル、でないですよねえ。。。

ゴールデンワルツ、確かに奇抜なフリはないけど、それだけ各自の力量が問われるダンスかな?と思います。
ポノマレンコ氏は常々「マリーナはクリエイティブで僕はテクニカルな人間だ」と仰っていますが、それを裏付ける発言ですよね。

最初にCDの課題になったのは1996-1997のシーズンで、ヨーロッパ選手権だったかと。
アニシナ&ペイゼラーが「ゴールデンワルツはクリモワ達のものだから」と実際に習いに行っていました。
1998年長野五輪でもこの課題が選ばれ、アニシナ達は3位と大躍進。
本家に習った甲斐がありましたよね〜。
対する作成者のデュボワさん指導のボーン&クラッツはまさかの5位、これが響いてメダルに手が届かなかったんですよね^^;

いちばん上の写真は、92年のヨーロッパ選手権でのFD。
TBSにて深夜放送され、平松さんが解説で「スカートじゃないからルール違反で減点かも」と指摘するも、満点がでたという^^;
ソ連崩壊直後の国際大会、前年ワールド2位に甘んじた二人の再起を誓った渾身の演技、フィギュアファンなら知らない人はいない名プログラム!
・・・なのに、「髪をかきあげるナルシストなポノマレンコ」なのはナゼ?
しかもこのアヤシイ笑顔、後年のディズニースペシャルを髣髴とさせます。。。


posted by チェブ子 at 23:24| ☔| Comment(3) | TrackBack(0) | フィギュア〜昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月16日

モロゾフ氏のインタビュー

3/30付の記事に書いた、ニコライ・モロゾフ氏のインタビュー和訳をあげますvv
私自身知らなかったことばかり。
元記事(英語)は→コチラ

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「モロゾフは世界トップクラスの振付師」 
2004/12/19 記事・写真:Barry Mittan  

モロゾフが世界で注目されたのは、タラソワと一緒にヤグディンのコーチをつとめた頃で、特に2002年のヤグディンのSP「ウィンター」で有名になった。
2003年には、ボーン&クラッツを世界チャンピオンにしたし、マトリックスのFPを振付けたジュベールは、フランス人選手で初めてヨーロッパチャンピオンになったし、2004年の女子シングルのメダリスト−荒川、コーエン、クワン−の振り付けは全部モロゾフによるものだった。

モロゾフは医者のすすめで、5歳の時にスケートを始めた。
16までシングルスケーターだったが、同門下のイリヤ・クーリックの才能に敵わないと感じてダンサーになった。
スイスにいた、ナタリア・リニチュクの元でOlga Pershankovaとチームを組んでいた。

1996年からタチアナ・ナフカと組み、1997年のワールドは14位だった。
膝の手術をすすめられかなりのショックを受けたが、集中リハビリで何とか復帰し、カールシェファー優勝で五輪参加権を勝ち取った。
97年のロシアカップ3位、98年のヨーロッパ10位、長野五輪16位、ワールド10位という成績をおさめた。

ナフカがパートナーチェンジを決めた時、他のロシア人の女の子と組んで3ヶ月ほど練習したが、もう五輪もワールドも出場したんだし、再び世界トップ10になるために何年もダンスを続ける価値はないと思った。
だからといってコーチになろうとは全く考えていなかった。

引退を決め、今までのお礼に大きな花束をもってタラソワの所へ行った時、ヤグディンのコーチを手伝ってくれないか、と聞かれた。彼女からは多くのことを学んだし、僕が60歳になっても彼女ほどのコーチにはなれないと思う。

初めて全部自分で振付たのは、2001年のデロベル&ショーンフェルダー、タラソワと一緒にフーザルポリ&マルグリオの2002年のLord of the Danceもてがけたし、去年は50組以上の振付をした。

振付をするのには、スケーターの実際のスケーティングをチェックし、どんな動きがベストかを考えなくてはならない。ルール改正の著しいダンスの振付は本当に大変だ。

28歳の彼は、振付師として大変に有名だが、ダンステクニックと4回転ジャンプの指導も出来るコーチである。
今は5組のアイスダンスカップルと、ケヴィン・バンデルペレンを指導し、ボーンのシングル指導もし、日曜を除く毎日、8時から18時まで働いている。

モロゾフは、実際に氷上で男女どちらのパートも滑ってお手本をみせられるのが他のコーチと違うところで、ケヴィン・バンデルペレンが言うには「ニコライはすごいスケーターで、難しいステップもすぐ実際に見せてくれる。だから彼とはやりやすいんだ」

彼はモダンダンスミュージックを聴くのが好きで、スケーター仲間とゴルフ・サッカーをし、娘Annabelleとすごすのも楽しい。
だが、「休むためにはその前にたくさん働かなくちゃいけないから」とあまり休暇はとらない。
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ペアのマキシム・マリニン君と同じ経緯でダンサーになったモロゾフ。
敵わないと思われたイリヤとプルも五輪金メダリストになったし、マリニンはペアで金メダリスト、モロゾフは教え子を金・銅メダルへ導きました。
ロシアは才能の宝庫ですね^^。
2001年のデロション、当時スケート熱さめてたから見てないけどどんなんだったんだろう?

休むためには・・・のくだり、動物のお医者さんのハムテル的発想だなあ。





posted by チェブ子 at 15:58| ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | フィギュア〜昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月29日

おススメ本とそれにまつわる思い出

最近、いろんなところからフィギュア指南本・解説本が出ていますが、私が最初に買ったのはコチラ↓
  フィギュアスケートへの招待  フィギュアスケートへの招待新版 ←クリックで購入可♪♪
  1998年版           2004年版       2000年版  

「ワールドフィギュアスケート」でおなじみの新書館刊行のブック。
この本が出た97-98のシーズン、今ほどムック類も充実していなかったけれど、今読んでもなんら遜色ない出来の本だと思います。
いまやすっかり重鎮の解説者となった五十嵐さんによる、スケーティングの基本、ジャンプの見分け方、スピン・ステップ等の技術的なこと、採点方式の解説は秀逸。
他にも、佐藤有香さんのインタビュー、佐藤信夫さんの語る過去のスター、舞踊家によるバレエとフィギュアについてなどなど、読み応えばっちり。
旧採点+長野五輪前の本なので古いんですけどね^^;
過去の選手のこともたくさん紹介してあります。
今だと、トービル/ディーン、ゴルデーワ/グリンコフはあっても、ベステミアノワ/ブーキンやミシュクテノク/ドミトリエフ、クリモワ/ポノマレンコの紹介ってまずみないですし。
そりゃあ、長野・ソルトレイクと2つの五輪を経て、名選手も増えましたよ。
でもソ連時代のカップル競技選手って本当に皆すばらしかったし、いつまでも名スケーターとして君臨していて欲しいのに。
・・・くすん。
あと、巻末の過去の大会のメダリスト一覧がすごい!
五輪とワールドの、年と開催場所まで。
今なら、この人って○○のコーチ!?と新たな発見があるかもしれませんよ。

私はこの本をもってメダリストオンアイスのおっかけに行き(爆)、表紙にタラ・リピンスキーのサインと、中のカラー写真にクワンのサインを貰いました!
見開き左がタラちゃん、右がクワン、という作りでちょっとあせりました。
(クワン銀だったから、タラの隣のページってイヤかな?と)

20060329_2353_000.jpg      20060329_2354_000.jpg
つるつるのカバーだったために      97年のFPのクワン様
せっかくのサインがはげた(TT)      オリエンタルな雰囲気がお似合い

懐かしいです^^。


posted by チェブ子 at 23:10| ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | フィギュア〜昔話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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